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yuuの一人芝居

yuuの一人芝居

戯曲 紫しだれ櫻・・・芸文館公演


   「紫しだれ桜」の公演画像です




紫しだれ櫻        

奥嵯峨野の竹林 西行時代なかった

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「紫枝垂れ桜」


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          平家物語・二局

     ひとり芝居

  待賢門院秘話異聞より             

           

  紫  し だ れ 櫻



           吉 馴     悠



          序



          久安元年(一一四五)旧暦八月二十二日初秋の頃。



          登場人物  堀河の局・待賢門院          。



          三条高倉第の別室



          舞台。

          背景に四苦を現わす白地の三尺の布が天井より垂れ下っている。感情によって色を変え

          る。台詞の変化についていくこと。

          中央に堀河の局の顔と手元を照らす細いトップが降りること。

          上手奥、衣桁は明かりによって変わる布が掛かっている。待賢門院の場のみ使用の事。

          その前が二畳程張り出していて赤のシャラコが敷かれている。待賢門院はそこで演じるこ

          と。明かりは三尺の円のトップ。

          下手に線香が立ち昇っている。

          時折人の動きで揺れる。点の明かりがあればいい。



          開幕すると。

          舞台は真っ暗闇。

          厳かに梵鐘の音。背景の四苦の四筋の布の明かりが真っ赤に燃えだんだんとしぼり込ま

          れ一条の赤のロウサスがあがる。女が現われ、下手に線香をたてる。ゆっくりと中央へ歩

          くうちに上サスがおり、その中に女が入る。バツクのロウサスが落ちる。

          その背後にいた多くの女房が静かに頭を垂れてさまざまに下手に去る。

          線香の煙、静かにたち昇る。如何なる場面にても煙絶やさざる事。下手に一条のサスが降

          りている。それは西行であっり待賢門院である事の判断。

          ここに登場する局は、堀河の局である。が、待賢門院が出家するときに同じように仏門に

          入っているので法衣である。

          堀河の局は女院の伯母であると言う説もある。

          また、兵衛は堀河の局の妹である。中納言も出家したが、幼かった兵衛の出家は説得して

          やめさせている。

          この時代、女は誰誰の娘と言う表現で名が分かりにくい。



          漢字はなるべく訓で読んでください。



局  そこにおられるのは、西行法師様でございましょうか・・・。退いてゆく月の明かりで微かに・・・。

          舞台袖から、般若心経の読経が静に流れてくる。

          三条高倉第。

          舞台には中央サスと上手にかかるサスが降りている。香への細いサスが降りている。



 ご女院様こと、待賢門院たま子さまが、みまかられま した。お一人にて中有の旅へと・・・。

 お声が滲んでおりまする。さぞや・・・。そなたの真の篭もった経唱が、偲んでもまた果なんでももう帰り ま せぬ所へ現世(うつせみ)の不浄を洗い落とし、お平な安堵の道程を・・・



 ひと時はやんでおりました虫の音が、微かに床を震わ して・・・。その音に導かれるのでしょうか・・・。

 未練は成仏の妨げになりましょうから・・・。

 はい。女院さまがみまかられたの報せは洛中へ・・・ 。

 女房達が悲しみの報せを運んでおりまする。



 西行様、さあ、こちらへ、このようなお優しいお顔に は久しゅうお目にかかったことが・・・、誠に善い逝 

 き相でございます。

 女院さまが義清にだけはは見せとおないと・・・。

 あの炎に焼け爛れたようなお顔が穏やかに、嘘のよう に・・・。血の温もりが消えると、ホウソウのあと 

 で消えてしまいましたよ。



 ええ・・・なぜに中有へ御供をいたさぬのかと仰せの 方も御座いますが、

 それは・・・私とてその心、持ち合わせておりますが 、女院様のお言葉で供はいらぬ、一人黄泉への道を

 辿りたい。その道すがら過ぎこしのことどもをよすがに して、幼きより四十五歳迄の数々を思い起し、情

 けの思いに浸りたいと申されまして・・・。

 はい。はっきりと・・・。



 また、西行法師様への申し添えを承っております故・ ・・。

 義清はどのようにこの世を見詰め、これからの時代を ながめるであろうと・・・。



 ああ、さてもさても、三条高倉第の外にいて中の有り様が手に掴めぬそなたの想い、さぞおろおろと気を

 もんだことであろうな。その懐いを祈りに変え、神、仏の加護、縋れるもの総てに・・・。幾重にも幾重にも・

 ・・。届きましたぞ、切取った萩の華が枯れなかったのがその証。さぞや・・・



 女院さまのこの世はいったいなんであられたのか・・ ・。



 なれど口惜しい。義清様聞いてくださりませ。女院さまがご病気になられて、崇徳上皇様が結願(けちがん

 )の曼陀羅供を致しました時に、鳥羽法皇様もお出ましくださいまして、優しい情けの篭もったお言葉を・ 

 ・・。それではなぜにあのように遠ざけられたのか、何故に早くそのお言葉を女院さまに下されなかったの

 か・・・。と女房たちは涙にくれましたぞ。



 さあさあ、女院さまのお側へ。安らかな寝息がまだ続いているように感じられまする。

 今宵は女院さまを偲んで昔の話に花を咲かせましょうか。面白可笑しく、それがなによりのご供養かと・・ 

 ・。女院様はお静かな面差しをしておいででございましたが、頬を弛め「もそっと華のある、艶のある話をし

 てたもれ」と心は滾る情熱を秘めておられた・・・ 。



 あの夜の事を・・・。佐藤義清殿、鳥羽天皇に仕えし北面の武士が突然の得度、法名円位、歌人(うたびと

 )とし西行と号し名を馳せし道程を・・・。妻子に囲まれつつがなき日々の、その平安を捨ててなを・・・ 。



 宵宮での出会い、男と女の仲はふとしたきっかけで起 こり・・・。忘れえぬ面影に、毎夜毎夜茵で寝返りを

 うち、眠れぬ朝を迎えた事であろうな。まして、二十歳を少し過ぎた殿方にとっては・・・。ときめく胸の うち

 が砕かれるごとき苦しみ、早鐘のように打ち敲く恋情の鼓動。

 こしのくびれに添って流れるように床に散る、豊の髪 。茵に乱れ散るあられもない色香を漂わせた女子の命 の黒髪。十二単に隠されたふくよかな膨らみ。裾から 僅かに窺える白いふくらはぎ。目を病んだような眼差 しの艶やかさ。紅を指して心を惑わすよう小さな朱唇 ・・・。と次から次へと泉の如く沸き立つ慕いは三千 の煩悩に身を焼いたことでございましょうな。



 人の世にはふたつとして同じ時も、処も亡きとは・・ ・。



 この私が、西行様、いいえ、佐藤義清様に初めておめ もじ致したのは、遠い日でございましたな。

 そなたは、私の父、源顕仲のもとへ歌を持って通って おいででありましたな。女にとって男がどれほどの憧 れかを教えてくれたのはそなたでした。部屋で香を薫 き、黒髪を櫛に流し、単衣に気を使い、火照る頬に顔 料(けはいの色)を広げ・・・。そなたが通り過ぎる のをただ見詰める、心は夕日のように染まり・・・。 もどかしい日々であったぞ。

 そなたは、知っておいででございましたか・・・。

 まあ、憎らしい、知っておいででなぜにお声を掛けて くださいませなんだ。

 ああ、過ごした時がおしゅうございます・・・。

 今のような戯言が言えたならどんなに楽であったかと ・・・。縁とは異なもの、今ではこうして仕舞込んだ 懐いを・・・。そなたはたしかお歳二十八歳になられ ておいででございましょう。



 ただの男になって、この局を抱いてみる気はございま せぬか。・・・、不謹慎と申されまするか。女院さま への悲しみを忘れるため、死へのおののきから遠退き たいと願う、それ故に男が女を、女が男を・・・。

 深い重い悲しみは人の理性を解き放つ様でございます 。ことに近しい人の死はそれを狂わせまする。身体が 人の道を越えたがります。浅はかな考え、お忘れくだ さいませ。



 ああ、話を・・・。

 おお、父は、義清殿はたいしたお人じゃ、いずれ国を 動かす歌詠みになろう。言葉の裏に不思議な力を感じ ると申して。その意味は・・・私には分かりませなん だが・・・。



 西行様もご承知のとおり、法金剛院は白河法皇の御願 寺として女院様が、建立なされたものでございます。 花園の名の通り四季の草花や、木ぎに咲く華の香が絶 えることのない地、女院様はこの地を選ばれ草木の華 の中でも一番の御贔屓の、花を植えるように申された のも、花の中にいつも身をおいていたいという・・・ 。



 精舎と申すは、常ならば華を付ける樹は四季に色を付 け心迷わす故に植えぬもの言われておりましたが・・ ・。

 そなたは、出家を致しても修行に御身をやつすと言う こともなく、女院さまへの懐いに惹かれて洛中を彷徨 い・・・。



 さあ・・・。

 まあ、なにもかも・・・。お手の懸かるお人じゃのう 。



 西行様、なにか申されませ。女子にこれだけの言葉を つむがせて、歌詠みのそなたが石仏のようにもの申さ では・・・。さあさ女院さまのお側へ・・・。

 ああ、なんといじらしい、哀しみの重さで動くことも 叶わぬのですか。このような時は、ただなにかを口に して・・・。



 ああ、それでは・・・。

 さるとき、奥嵯峨の法金剛院の庭に咲き乱れる様々な 花がその健気さを愛で、はかなき落花に無常をお感じ になられておられました女院様。・・・華を詠めば、 今をときめく西行は、私をどんな華に、準えるであろ うなと・・・。謡うようなお声で・・・。



 庭に散る、花びら一枚一枚に心痛めて、おみ足を前に 出すことを躊(ためらい)躇なされておられた女院さ ま。女子の命は花、ただ華が夢を見ると、暮れ拘む庭 でのお言葉・・・。季の移ろいの中で咲き、心和ませ る平安の花・・・。國乱れても時きたれば咲く彼岸の 花・・・。ひとときの命なれど健気に咲く月下の花。

 西行様・・・。



 ああ、何にたとうべきかと。さてさて、お困りのご様 子・・・。

  ここをまたわれ住み憂くて浮かぶれば

        松はひとりにならんとすらん



          下手より男の声で歌が詠まれる。局が出てきて。



 西行様、よく喋る女子じゃと申したそうなお顔、女子 は喋ることで悲しみ辛さを流すもの・・・。なれど、 女子は愚かでは御座いませぬぞ。

 そなた程の人でも女子の強かさを感じ盗ることは叶う まい・・。真実の女子の姿は分かるまい、懐いの襞ま で数えられまい。女子は世の流れがどのように変わり 、誰が、何方が、政治の動きを手の中に握ったかをい ち早く体で感じその難から逃れる術に長けております ぞ。花の種を次の世へと、それゆへに・・・。



 女子は殿方の目を和ませる艶の花・・・。

 華の盛りはひと時の命の蜻蛉、蕾を開いても咲き切ら ぬ内に毟り盗られる徒の花(いたずらのはな)・・・ 。水なき泉に、流す涙・・・。なれど、それを耐え実 を為すのが女子というもの。散る前に見せる危うげな 姿。



 女院さまの・・・。

 そんなお心根が私のような女子にも届きましたゆへ。 風になびき弄ばれる一枚一枚の花びらを拾い集めて押 し花にいたし、御遺体を時の萩の花でおおい、その上 に女院のお好きなこの花をと考え集めて参りました。 ・・・。

 紫のしだれ櫻・・・。世間ではご女院さまをそのよう に・・・。



          雪花のごとく舞う櫻の花びらまるで、蝶が風の中を泳ぐごとくなり。           

          色々の色彩の単サスが降り注ぐ。レーザー光線があれば良いが。



 ああこれからが大変。お別れにどれほどのお人が尋ね てこられるか。ぎょうさんなお人から想い慕われてお いででございましたゆえに。氷の柱が名残の暑さで溶 けて。



          上手に向かって、



 これ、中納言、兵衛、あらんかぎりの氷の柱を女院さ まの枕元へ、香を薫きつめて・・・。

 女房達が時の華を求めて洛中に散りましたぞ。この季 節、かの女房達は見出すことが出来ましょうや。



          読経の声だんだんと高く大きくなる。

          慌ただしき足音数多。





                     暗転



          破



          前場より四十五日が過ぎる。

          堀河の局・と待賢門院。

          奥嵯峨、法金剛院の別室



          明かりが降りるとそこには女院が立っている。明かりが女院の顔に絞り込まれる。

          一条のサス舞台中央に細く下りる          。

          たゆまずにたち昇る線香の煙。

          明かりの処理で交替をする。

          その中に序に出ていた局が下手に向かい深く身を折り平服している。

          ゆっくり頭を上げ、

局  咲き乱れておりました花も散り、今は葉も霜枯れて・・・

  はい。待賢門院さまが、いいえ女院さまが申し残 されましたとおり、法金剛院の裏山、五位山に・・・ 。石棺(いしのひつぎ)に御安置をいたし地中深くお 納めし御陵(おんみささぎ)といたしましてございま す。花園西陵と呼ぶ人も多ございます。



          局は堀河の局でありが平服す。

          明かりが薄く紫にかわり。



女院  母上、父上の名さえ定かではございません。も の心がついたときには、祇園女御様に育てられ、名を 藤原璋子と呼ばれておりました。思いまするに藤原摂 政の血筋かと・・・。



 祇園女御様は白河天皇に寵愛を享け、情けにたけ、四 歳の私を引き取り、また、祇園女御様のお妹ごと白河 天皇との間に生まれました後の殿上人の平清盛をも、 実の子のように可愛がる義母(はは)さまのような方 でございました。



 その頃から私は私の運命を薄々心の中に感じておりま した。義母様の許へなぜに白河法皇が通ってこられる かを知っておりました。女子はどんなに幼くても、男 心を惹く手立て、心惑わさせる仕草や術を誰に教わる こともなく本能、性として身についているようでござ います。



 男と女が茵(しとね)で何をするのか、女房達と男の 睦事を見て知っておりました。男が何を欲しがり、何 を求めているかを・・・。可憐を装い、初心なおぼこ を演じ切り、恥じらいをちらつかせ、貞淑そうに見え る女房程男の文に身を擦り寄せる。生き残るための知 恵、女は男より強か、そんな生き方を覚えるのに時は いりませんでした。



 白河天皇の膝に跨がり胸にすがり、じっと瞳を凝らし て見上げる目は、成熟した女房達と同じ様に男を誘い 込む色香を発しておりました。いつの日か肌を合わる 、そんな想いを感じておりました。

 女とはそのようなものと思うて育って参りました。

 月の印しがあったのは・・・。思い感じる外に女子と して男を迎え入れる身体になっていたようでございま す。身体から滲み出る匂いは男を虜にする。胸の膨ら み、腰の括れ、太股の柔らかさ、肌も透けてしっとり と・・・。



 女の華は、堅く閉ざした蕾と同じでその時を迎えれば 、緩やかに花びらを開き、甘い蜜を滲ませて待つ。月 が満つれば蜜を湧立たせ花の香りを撒き散らし誘う・ ・・。

 女子は決して受け身ではございませぬ。仕掛け、仕向 けるのは女・・・。男はいつまで経っても女子の謎を ときほぐす事などかないませぬわいな。



 哀れ・・・。哀しみ・・・。哀切・・・。それは男の 事・・・。

 いずれにしても女子はしたたかな花。



 櫻、さくらは果ないゆえに美しくもあり、また不気味 でもありましょう。櫻と私は一体、その櫻に同じ心を 寄せる男が現われるまで、本当の櫻の美しさなど分か りませなんだ。



 先程、両親の不明を申しましたが、なにかの都合で祇 園女御様に育てられたのでございましょう。

 父の名は、権大納言藤原公実、母の名は光子。なにや らその辺りが分かるにつれて、父の策謀、白河法皇の 影が、そして、祇園女御の好意が見え隠れ、より我が 身に覆いかぶさる定めを感じましてございます。父、 公実の伯母茂子が後三条天皇の女御にあがり白河天皇 を産んでおり、父と白河法皇とは従兄どうし、何やら ややこしい入り乱れた血の迷路。藤原氏北家一門の外 戚による摂政、絵図でも描かなければ縺れた関係は分 かりにくうございます。



 あれは・・・。月のものをみた歳、祖父と孫ほどの歳 の開きのある白河法皇を迎え入れました。それはまっ たく自然の理のように行なわれました。感動も歓喜も なくただ風が通りすぎるというように・・・。男を感 じるというより、孫として可愛がられているというそ んな有り様でございました。お年は召しておりました が国一番の権力者の白河法皇により可愛がられ、甘え て戯れているうちに、ひとつの体になる。その時を予 期し、こうなることが女の道といつのまにか身につい ていましたゆえ・・・。



 法皇の子をなし、揺るぎのない力を持つ、そのことが 女子の出世。はしたない揶揄や中傷はだんだんと影を 潜め、法皇との仲は公然の事として受け入れられ、法 皇の孫鳥羽天皇の妃として入内いたしました。歳は十 七、鳥羽天皇は十五、わたしの縁談には様々な経緯( いきさつ)がございました。知っていながら知らぬふ りをしておりました。

 祖父の寵愛を一身に受けていたわたしが、その孫の妃 へと。女子の運命とは言えこころを森羅万象に託して も、剰りにも哀れ、五体が氷のようになり、広い慈し みを超えた暖かいなにかに抱かれて溶け水に還りたい とねごうた。白河法皇を慕いながら恨んだ・・・。わ たしはもののけが憑いたように入内儀の日にはこの身 の総てが高熱に焼かれましてございます。



 その熱は法皇への想いであったゆえの拘りであったの でしょうか・・・。その想いを確かめたくて、法皇を 振り向かせたくて何人の男を引き込んだことでしょう か。想いが重なると、狂おしい愛おしさ、という想い に変り身を焦がし・・・・。四十六の隔たりがあった としても男と女にとって何の障害になりましょうか。 染みの浮 いた、皺の深い肌、それさえ懐かしさを沸 き立たせました。

 愛とは恐ろしいもの、いいえ、女子とはなんと恐いも の、我が身を呪いながら、別の身体が狂おしいほど男 の身体を求め鬼に変えてゆく。たかが十七歳の身体を もった女子が肉の愛撫に炎をもやす。

 恐ろしいものでございます。

 入内の儀式の日、心を捨て流れのままにと考えており ましたが、気が触れたように、叫びながら髪を掻き毟 り、着物の胸を掻き広げて、庭に泣き伏したあの時・ ・・。わたしの女としての生まれ変りであつたのでし ょう。それとも、居直り・・・。



          女院が真っ赤の上サスの中で身悶え狂う。

          そして、起き上がったときには、堀河の局になっている。



 その時の女院様は夜叉のようでございました。またそ うのうてはひとときも生きておられなかったのではご ざいますまいか。

 まるで満開の櫻が一夜の嵐に散り乱れる。そんな御心 の文様(もんよう)を見たようでした。

 お側であれこれとお仕えしていていても、御心の内に は踏み込めもせずにじっと見つめるのみの日々でござ いました。



 どこでどのように・・・。いいえ、白河法皇との密会 を仕組んだのはこの私めでございます。

 ご病気を作り話といたしまして・・・。

 中宮になった年、いいえ、入内してすぐ後、白河法皇 との仲はもとに戻られ、色々なことに事寄せ逢瀬を重 ねておられました。

 女院様にとっては、父か母のように可愛がってもらっ た白河法皇、また、初めての男、女体の芯に灯を燈し たお方。まして幼い頃からときを重ねてこられたお人 。物事の理と肉の身体のすれ違い。お側に居ることさ えお労わしくて・・・。



 女院様は、白河法皇のお胤が欲しかったのでございま す。一代の専制君主の子種を宿すほど強い味方はござ いません。女子はよりよい胤を欲しがるものでござい ます。それが唯一の護身に繋がるからでございます。 崇徳、内親王禧子は法皇のお子でございます。

 二十七歳で後白河天皇をお産みになるまで、鳥羽天皇 のお子を年子で四人。また二十九歳でお一人と。もう 何もかも忘れるために子を成すという・・・。ですが 、身の因果か後白河天皇の前に産まれたお子は不具で ございました。それ故に次から次へとお子を・・・。 最後のお子を宿しておられた頃、白河法皇は七十七歳 で御崩御。お腹のお子に差し障ってはの心配から出産 まで伏せられましてございます。



 その頃から、鳥羽天皇のお心は女院様を離れ美福門院 様へと傾き・・・。女院様は寂寥を胸に抱く生き方に 移り変わるのでございます。白河法皇という後ろ盾を 失い女院様は、鳥羽天皇に疎んじられるようになり、 権勢並ぶべき者はなかった女院様の運命は大きな移り 変りを見せるのでございます。



 それからは、以前にもまして、白河法皇と詣でた熊野 へ・・・。お一人にて熊野への道を辿るのでございま す。十数回の道程を・・・。

 西行様も陰ながら御供をして・・・。



 そして、白河法皇へのご供養の為にと御願寺を御建立 、その後すぐに仏門へと・・・。また、法金剛院の落 慶へと身の置き所を、これが運命だというふうに変え られましてございます。



 御不憫にも四十路のはじめ流行の病ほうそうが御身の うえに・・・。あの花よりも美しいと言われたお顔は 奈落に落ち踏躙られた椿・・・。





 「運命にそって生きただけの、報いがこの姿か」

 と零されたお言葉、女房達は袂を濡らしました。



 いいえ、いいえ・・・。

 女院様の戯れなど、わたしの聞き及んでいる世間の見 聞(みきき)ではまだまだすくのうございました。



          堀河の局中央に正座して深く頭を垂れた。

          上サスゆっくりと落ちる。



                     暗転



          急



          序から一年後

          堀河の局・女院

          法金剛院の客殿



          経の声大小入り乱れている。

          その声もだんだんと小さくなる。中央に上サスが降りる。

          正座をしていた堀河の局がゆっくりと頭を上げる。



局  本日はお忙しい中を、待賢門院様の一周忌のご法 要にお集まりくださいましてありがとうございました 。女院様もご縁のふかきみなさまがたを懐かしみ、さ ぞお喜びと拝します。

 別室に、細やかではございますが、御酒の用意もいた しておりますれば、故人を偲んでのお話などに花を咲 かせ、懐かしんで頂ければと存じます。

 一年の喪が明け、お傍に仕えていた者のほとんどは離 散いたしますが、中納言、この堀河はここ女院様のお 側でこれからも菩提をとむらわせて頂きます。

 道深き山里ではございますが、こちらにおこしの節は どうかお立寄りくださいまして女院様へ一筋の香をお 願いしとうごさいます。

 残暑厳しい中の御参集誠にありがとうございました。

 これ、中納言、ご案内を・・・。女院様の縁の大切な お方、失礼があってはなりませぬぞい。



          人がぞろぞろと立ち去るイマージ。

          明かりが落ち、薄い青のサスが降りる。

          そこには女院が現われている。



女院  義清・・・。

 今日は宵宮、よくきてくれました。洛中の賑わい、そ のざわめきがわたしの心まで浮き立たせてくれていい え、義清との約束が血を沸きたたせるのです。

 そなたの想い大変うれしゅう受けとめましたぞ。

わたしの心を熱くしてくれましたぞ。堀河がそなたの 和歌を何度も何度も・・・。



 義清、月が隠れるまで待ってほしいと頼んだのは・・ ・。髪を漱ぎ、肌に香を沁みまこませ・・・。

 宵宮の名残のざわめきが消えて行く時を、どんなに待 遠しく感じたことでしょうか。



 さあ、義清こちらへ。堀河明かりはいりませぬ。

 わたしは体を堅くして震えていました。まるで何も知 らぬ無垢な女子が見せるとまどいと打ち寄せる好奇心 に揺れておりました。じっと身を横たえて・・・。今 まで感じた事のない恥じらいが・・・。

 初めて付けた蕾が義清の吐息によって少しづつ開かれ 流れる蜜。その蜜はいつのまにか滾るほどに熱を持ち 、花びらを開いておった。



 俯いて生かされたわたしは運命に流されたといえ花と は言えなかったろう。これも運命と思い生きたことが 、なんという哀しい事であったのかと・・・。

 義清によって、今まで生きた日々の汚れが綺麗に流さ れて、生まれ変ったように思えはじめたのです。

 この世の男と女。別々に生まれているけれど、義清と の想いによって、わたしも、女子として強く生きられ ることを知ったのです           。

 いま、はじめてこの世に生まれて良かったと、これほ どの想い決して無駄にはいたしませぬ。

 義清がついていてくれる。幸せとはこのような思いを 感じる時かもしれぬと。



 義清の肩に頬を寄せてこうしているとなんと落ち着く であろう。まるで母じゃの腕のようじゃ。



 花は誰のために咲くのであろうか。

 今日のわたしは義清だけの櫻として咲いた。



 義清にわたしは問うていた。

 義清、櫻はどうして花びらを陽に向けて開かぬのじゃ 。他の花はみな明かりを欲しがり顔を向けるのに。



 義清、見えるであろう僅かの明かりの中に紫しだれ櫻 、今宵の櫻、まるで今のわたしの胸の中に咲くようじ ゃ。

 義清、ひととき下を向き恥じらう桜の花のように咲き ましょう。そなたとこのわたしの最初で最後の恋い。 ここは庭の櫻のせいにして・・・。



 あすからはお日様を仰ぐ花として生きてみたいと思う ゆえ・・・。



          ホリゾントが桜花に染まる。

          前のサスが降りる。

          堀河の局である。



 西行様・・・。

 女院様がみまかられての後、消えるように京を去って ・・・。吉野での修養・・・。ようこそお尋ねくださ いました。西行様の出家はもとはと言えば・・・。



 お二人のたった一度の睦事、一度であったからこそお 二人の心により深く刻まれ続けたのでございましょう 。

 義清さま、いいえ、円位さま、いいえ、西行法師様、 大きな荷物を背負いなさいましたな。なれどそれは、 そなたの宝。



 待賢門院様、女院様は常々「義清はわたしを一人には いたさぬ」と申しておいでじゃつた。



 西行法師様、女院様への深き想いありがとうございま した。



 義清、運命とは残酷(むごい)ものですね。



 このわたしも義清様も女院さまをも一人にはいたしま せぬ。このわたしとて義清様と同じように女院様を想 うた心は負けぬ。堀河もお二人をみて、一途の懐いが どように人を変えていくかを教えられた・・・。



 西行様、さぞおつろうございましょう。



 わたしはようやくしがらみから解き放たれ・・・。

 このわたしも、様々に色を換え咲きたかったのう。蕾 を綻ばせて、香を振り撒き蝶を引き寄せて、たとえ嵐 に遇うて一夜で散ろうともひとときの命であっても・ ・・。花でありたいと思うておった。





          堀河改まって、



 西行さま、一年がすぎてここで初めて女院様のお言葉 を・・・。女院様は、お種の違うお二人のお子のこと を案じられ、義清に行く末を見届けてほしいとのお言 葉・・・。

 この先、なにやらお二人の間でどうにもならない争い がとの危惧が心に凝りを為しておいでで、それゆえに 熊野への道程を繰り返しておいででございましたので すょ。



 義清はなにもしてはならん。手を貸してはならん。た だ時の流れを見詰めていてほしいと。二人は争い、人 としての道を踏み外し、人にあるまじき争いへと・・ ・。見えると申されて・・・。だが、義清にはその二 人の運命に関わる事無く見ていてと・・・。花に問い 、月に語り人と政には無縁で生きてほしいと・・・。

 御身のまわりに起こるであろう様々な想いを封じこめ て・・・。決してこのことを、書き残してはならんと ・・・。

 それが持って生まれた才を守る術じゃと・・・。



     願はくは花の下にて春死なん

             その如月の望月の頃





 義清、振り回されてはなりませぬ。人にも時代にも・ ・・。



 のう、義清どの、待賢門院様のお心お分りいただけま したか・・・。



 西行法師様、人はなんと哀しいのでしょう。



          堀河、振り返って、



 いま櫻が・・・。



          衣桁の単衣が紫に染まる。



                  幕  



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